2014年07月31日

心の底から詫びて詫びて詫び続けることです。

ありがとうおじさんの話

神さまの本当の助けを受けてこそ、祈りの姿勢も心身共に整うのです。

神さまが自分の中に入り来れば、青空に太陽の輝くような心となり、
姿勢も威儀端然としてくるのです。先ずは謙虚に謙虚になることを心掛け、

他をマイナスに見て責め裁く、業想念の心を捨て切ることです。
『神さまをマイナスに見て御免なさい』と、

心の底から詫びて詫びて詫び続けることです。
その謙虚な心の中へ、神さまは入り来るのです。
posted by マッチ at 23:00| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

先ず感謝と奉仕に生きようとすることです

ありがとうおじさんの話

思いが有るから、感謝できないのでは無いのです。

感謝しないから、思いの奴隷に陥るしか無いのです。
思いが有るから、奉仕できないのでは無いのです。

奉仕しないから、思いの奴隷に陥るしか無いのです。
先ず感謝と奉仕に生きようとすることです。
posted by マッチ at 08:58| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月30日

本心の心の立場に立つことは、謙虚に謙虚になることです

ありがとうおじさんの話

本心の心の立場に立つことは、謙虚に謙虚になることです。
これが自分だという過去の姿を掴んでいては、

決して謙虚になれないのです。過去の善き姿を掴むだけで、
高慢になったり、エリート意識に陥ったりするものです。

また過去の悪しき姿を掴むだけで、卑下慢になったり投げやりな
自暴自棄の状態に陥り易いものです。謙虚になるということは、

マイナスを掴んで、心をマイナスで一杯にするということではないのです。
マイナス無限大の立場に立って、心を空っぽにして、

神さまの全徳の無限の無限の輝きの全てを、
素直に感受できる自分になることです。

 謙虚になる為には先ず、自分のすべては、神さまから与えられたものばかり、

ということに気付くことです。傲慢さ(高慢と卑下慢)は、
神さまの恩愛を無視し・拒絶するところから生ずるのです。

すべてをプラスに、感謝一筋に受けてゆこうとすれば、謙虚に成れるのです。
 素直になる為には先ず、自我の心(過去に積み重ねた業想念の心)を捨て去ることです。

過去の体験・経験に立脚して、自我の心を生きようとしていては、
決して素直には成れないのです。過去の一切を、

神さまにお返しすれば、自我の心を消し去ってもらえて、素直になれるのです。
すべてを神さまから、一瞬一瞬新たに、受け直すことが、本当の素直な生き方です。

 マイナスに見える自他のどんな姿に対しても、

みんな自分の責任なのだと、心からお詫びすることによって、
下へ下へと自分の心の立場を移してゆくことができます。

心の立場を下へ移せば移すほど、謙虚になれて、
神さまの最高表現を感受し易くなるのです。自己弁解したり、

他に責任を帰するようでは、いつまでたっても、
謙虚な本心の自分には戻れないのです。
posted by マッチ at 19:00| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

すべては神さまの絶対の愛の現れです。

ありがとうおじさんの話

今自分がどんな環境・立場に置かれていても、

どのような心の状態に置かれていても、
「ただ ひたすらに『ありがとうございます』と神さまの

中へ融け込むこと」即ち「祈り」を続けてゆきさえすれば、
過去の業想念の自分は知らず知らずのうちに消し去られ、

神さまの光を携えた本心の自分として、
一瞬一瞬新たに生まれ出てくることができるのです。

今自分の置かれている環境・立場・状態というものは、
神さまが今の自分にとって一番必要な勉強の材料として

与えて下さっているものです。
無限の完全な知恵の持ち主である神さまが、

一つとして必要の無い、無駄なものを与えるわけがないのです。
すべては神さまの絶対の愛の現れです。

ただそのように受け止めて感謝し、喜べないのは、
自分が幼稚で、受け止めかたが未熟で下手なだけです。

だからこそうまずたゆまず練習を
積み重ねてゆくことが必要なのです。
posted by マッチ at 07:27| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月28日

『今』の一瞬一瞬を、いのちがけの真剣な心で

ありがとうおじさんの話

本心の自分を生きるということは、
感謝報恩の道を真剣に実行することです。

自分の思い通りに・願い通りにしたいという、一切の求める心を
消し切って、与えられるままに感謝一筋に受け続けることです。

贅沢をしないで、質素に生きることです。
神さま以外の何ものにも頼らないことです。

どんな借金もしないことです。そして一切の報いを求めることなく、
報恩の心で、全力を尽くして、世の為・人の為に、神さまの御心のままに、

奉仕することです。そうすれば神さまの加護を大きく受けて、
本心の自覚は深まり、本心の自分は大きく輝いて来るのです。

 業想念の心を一切相手にしないで、完全に無視して、本心の心だけを

徹底して生き続けなければならないのです。自分のすべてを、
本心開発に一点集中しなければ、本心の自分に戻ることもできないのです。
 
『今』の一瞬一瞬を、いのちがけの真剣な心で、『ありがとうございます』
と感謝し続けてこそ、
守護の神霊の助けを受けることができるのです。
posted by マッチ at 21:00| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月27日

自分の生命を神さまに捧げ尽くしてこそ

ありがとうおじさんの話

自分の生命を神さまに捧げ尽くしてこそ、新たなる神さまの生命が与えられ、
それが永遠の生命の自覚に繋がるのです。自分の生命とは、

自分の時間のことです。自分の時間を、神さまの為に捧げることが、
神さまの為に使うことが、自分の生命を神さまに捧げたことになるのです。

即ち神さまの喜んで下さるように、感謝と奉仕の真祈りの道を
しっかりと歩むことなのです。
posted by マッチ at 08:50| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月26日

生命も財産も一切が、神さまからの預かりものです。

ありがとうおじさんの話

生命も財産も一切が、神さまからの預かりものです。
みんなの幸せの為に、世界の平和の為に、

生かして使うことこそが正しいのです。
マイホーム主義的に・利己的に

・贅沢に生きることは、癌細胞と同じような生き方になって、
自壊して全体をも滅ぼす元凶となるのです。
posted by マッチ at 10:00| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

執着心こそが、一切の罪の根本原因です

ありがとうおじさんの話

移り変わる姿に執着することが、生命の流れを妨げることになるのです。
執着心こそが、一切の罪の根本原因です。執着心の積み重なったものが、

業想念・五欲の心となるのです。一瞬一瞬新たに新たに、
神さまの最高表現を、感謝を深めて受け続けることを忘れ

・怠ると、本心の自覚が失われ、業想念の心に陥ってしまうのです。
そして神さまの与え続けて下さる折角のプレゼントを、

傲慢にも知らず知らずの中に拒絶してしまって、
七難八苦の状態に自分を置くことになるのです。
posted by マッチ at 20:22| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月24日

『神さま、ありがとうございます』と唱え続けることが大切です。


ありがとうおじさんの話

自分の思い通りに生きるのも、他人の思い通りに生きるのも、
どちらも業想念の奴隷に陥っているのです。

それでは本当の幸せを掴むことはできないのです。
神さまの御心に・神さまの導きに素直に従ってこそ、

真実の幸せへの道を歩むことができるのです。その為には、
すべてを『神さまの御心のままに』と任せ切って、

ただひたすらに、呼吸をするように、
『神さま、ありがとうございます』と唱え続けることが大切です。

そうすることによって神さまの導きと守りを、
的確にうけることができるのです。
posted by マッチ at 21:33| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月22日

光を灯せば、闇は消えるのです。本心を輝かせば、業想念は消えるのです。

ありがとうおじさんの話

本当の自分の心は、本心の心・感謝の心なのです。自我の思い・考え・願いは、
業想念の心です。五欲(財欲・名誉欲・食欲・色欲・睡眠欲)の心は、

業想念の心です。七難八苦の心は、業想念の心です。煩悩の心は、
業想念の心です。業想念の心は、本当の自分の心では無いのです。

光を灯せば、闇は消えるのです。本心を輝かせば、業想念は消えるのです。
『ありがとうございます』と唱えれば、本心が輝き出て来るのです。

『ありがとうございます』と唱えれば、心に光が差し込んで来るのです。
『ありがとうございます』と唱えれば、業想念は消えるのです。

心の中の業想念が消え去れば、青空に太陽の輝くように、
本心の自分(湧き上がる感謝の心)が大きく輝き出て来るのです。
posted by マッチ at 20:19| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月21日

「神さま ありがとうございます」と祈り続けて、無我の心に

ありがとうおじさんの話

今の一瞬一瞬に、神さまの御心を思い返し、『すべて御心のままに!』
と自分の身も心も生命も神さまに任せ、神さまの御心ならば、

どんな厭なこと辛いこと不可能なことでも素直にハイ!と受け入れて
付き従ってゆくことが大事です。神さまと一つに融け合う生命の歓喜は、

偽我を抹殺し神さまの働きに使ってもらえるようになってこそ
沸き上がってくるのです。


 偽我はつかみさえしなければ自然に消えてゆくのです。
偽我は相手にしなければ勝手に消えてゆくのです。

神さまをしっかりつかみ、神さまの御心をいつも相手にして歩むようにすればよいのです。
常に常に神さまの御心を思い返す練習が必要です。

「神さまは何を願っているか? 神さまならどのように行動なさるか?」
と一旦神さまの立場に自分を置いてみて、

そこからすべてを出発させることが大切なのです。今の一瞬一瞬に
「神さま ありがとうございます」と祈り続けて、無我の心に神さまの御心を直感して、

素直に行動を起こしてゆくことです。すなわち 
それが神さまの御心を現す道です。 
posted by マッチ at 20:03| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月18日

感謝一筋の心にならなければ、マイナスの姿がいつまでも付きまとうのは、

ありがとうおじさんの話

自分の積み重ねた業想念(借金)の大きさに気付かないから、
自分勝手な選り好みをするのです。業想念(借金)の消し方も、

神さまにお任せしなければ、上手な消し方はできないのです。神さまは常に、
万分の一以下に軽減したマイナスの姿で、

大きな業想念を消し去ろうとして下さっているのです。
それなのにそれなのに、神さまに対して

不平・不満・不足を言うようでは、
その業想念を大きく消し去ってもらうことはできないのです。

感謝一筋の心にならなければ、マイナスの姿がいつまでも付きまとうのは、
自分自身が神さまの愛の助けを、十分に受け入れないからです。
posted by マッチ at 22:00| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無限の感謝だけで受けるということです。

ありがとうおじさんの話

本心の自分をしっかりと生きるには、すべてを神さまの御心のままに、
任せ切らなければならないのです。神さまは常に、

本心が輝き出るように、助けて下さっているのです。
本心の輝き出るのを邪魔している業想念を、

一番適切な方法で消し続けて下さっているのです。
神さまに相対するのは、

常に本心の自分でなければならないのです。

本心の自分で相対するということは、
感謝だけの心になるということです。

自分の運命・境遇がどんなものであっても、
無限の感謝だけで受けるということです。

神さまのすることには、決して間違いは無いのです。
神さまの与えて下さるものに、

悪いものは何一つも無いのです。
今自分に与えられたすべてを、

無限の感謝で受け続けてゆかなければ、
神さまの御心には適わないのです。
posted by マッチ at 09:30| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月13日

願い通りになっても、それは本当の幸せでは無いのです。

ありがとうおじさんの話

自分の願い通りになることを、願ってはいけないのです。自分の思い通りに
・願い通りにというのは、業想念の最たる心なのです。

業想念の心を幾ら喜ばせても、
本心の自覚は深まらないのです。本心の自覚が深まらなければ、

本当の幸せ・安らぎは、決して得られるものではないのです。
神さまの助けは、常に本心に対して与えられるものです。

業想念の自分勝手な願いを、叶えるようなことは決して無いのです。
業想念の心で幾ら思い通りに・

願い通りになっても、それは本当の幸せでは無いのです。
業想念の心で積み重ねたものは、

いずれは必ず自壊作用を起こして、
苦しみを伴って消滅するのです。
posted by マッチ at 19:36| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月12日

健康で不幸な人もいれば、病気で幸せな人もいるわけです

ありがとうおじさんの話

大神さまに生かされている!という事実を、一つ一つ具体的に数え上げて、

しっかりと確認してゆくことも大切です。その積み重ねも感謝行であり、
本心の目覚めを促進し、本心の自覚を深めてゆくことになるのです。

一人の肉体人間という立場に立つだけでも、大神さまから自分に与えられている恵みは、
数え上げたら無限無数無量のものです。それらを

確認することも感謝です。その感謝の度合いに比例して、一人一人が
感じ受ける幸せというものは、それなりに大きく・深く・

密度の濃いものになってゆくはずです。何が何でも、どのような方便を使ってでも、
感謝の心を呼び起こしてゆけば、感謝の心が湧き出てくるようになるのです。

誰でも感謝した時に、幸せを感じることができるのです。感謝しなければ、
幸せを感じることはできないのです。健康な人であっても、

その健康に感謝しなければ、何の価値も見出していないのです。
有っても無いのと同じです。


だから幸せでは無いのです。また逆に万病を抱えた人でも、
一つ病気が治った、二つ治った、三つ治った、というように感謝して喜んだとしたら、

その人は病気が一つ治る度に、幸せを感じているのです。
健康で不幸な人もいれば、病気で幸せな人もいるわけです。感謝の心・

本心の心は、例えマイナス無限大の地獄のどん底に置かれても、
無限に大きな幸せを感じることができるのです。感謝の心は幸せだけを感じるのです。

いつも感謝の心だけが湧き出てくるようになれば、
無限の無限の幸せで一杯!の本心の自分です。
posted by マッチ at 19:47| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月11日

感謝三昧の心になれたら、

ありがとうおじさんの話

自然に湧き出る感謝の心が、本心の自分です。感謝三昧の心になれたら、

本心の自分は最高に輝いているのです。全大宇宙のすべてのすべては、
宇宙の大神さまの至慈・至愛の現れです。本心の自分は、

すべての表現の中に、大神さまの絶対の愛を発見できるのです。ところが
本心の呼び出しが十分でない時には、想念感情の心・業想念の心・

五欲の心に陥ってしまうのです。だから先ず本心の自分を呼び出して、
しっかりと自覚することが、何よりも何よりも大切なのです。
posted by マッチ at 19:40| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月10日

感謝の心とは、本心の自分のことです

ありがとうおじさんの話

『ありがとうございます』と感謝の祈り言葉を唱えて、感謝の心を呼び出せる人は、
本当に幸せな人です。すべての幸せは、感謝の中に存在しているのです。

感謝の心とは、本心の自分のことです。感謝すれば、
本心の自分が呼び出されて来るのです。本心の自分は宇宙の大神さまと一体です。

宇宙の大神さまの絶対の愛を、いつも感受しているのです。
本心の自分はいつも無限の無限の幸せで一杯!です。『ありがとうございます』

と唱えるのは、感謝の心・本心の自分を、呼び出す為です。
『ありがとうございます』と唱えることは、神さまの救いの御手をしっかり

と握ることです。『ありがとうございます』と真剣に・一心に・無心に唱え続けていれば、
必ず感謝の心が湧き出てくるようになるのです。
posted by マッチ at 09:17| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月09日

本心の心は常に、宇宙全体を神さまからのプレゼントとして、

ありがとうおじさんの話


神さまの御心に素直な生き方とは、『今』を最高に生きることです。

それは一瞬一瞬新たに新生している宇宙のすべてを、神さまの全徳の
無限の無限の大光明燦然と輝いている姿に見て、全く始めて見るもの

として、感動を新たに受け止めてゆくことなのです。
すべてを神さまの現れと見る本心の心であれば、

石ころ一個にも無限の絶対価値を見出すことができるのです。
四季の変化を味わう場合でも、本心の心であれば、

今与えられている季節を、最高に素晴らしいものとして、
受け止めることができるのです。

過去の姿を掴んで、業想念の心に陥ると、無感動の心となったり、
好き嫌いの感情の奴隷になってしまうものです。

そうなるとどんな素晴らしいものに対しても、
相対的な有限の小さな価値しか認められなくなるのです。

過去を掴む心・業想念の心の奴隷となっては、
決して本当の幸せを味わうことはできないのです。


 何でも自分の思い通りになることを願い、思い通りになって喜んでいるのは、
小さな小さな自己満足の喜び・業想念の心の喜びに過ぎないのです。

本心の喜びと比較すれば、それは無に等しいものです。神さまが
与え続けて下さっている無限の無限の幸せを、しっかりと受け止めてこそ、

本心の喜びになるのです。小さな部分のみを掴んで、
それだけが自分のものなのだと思うから、
大きな全体が自分のもので無くなってしまうのです。

本心の心は常に、宇宙全体を神さまからのプレゼントとして、
一瞬一瞬新たな感動をもって、無限の絶対価値あるものとして受け続けるのです。

今の一瞬にどれだけ沢山のものを、感動の心で受け止めることが
できるかが問題なのです。本心の心を磨き出し・輝かして、

日に日に感謝を無限に大きく・無限に深くしてゆくことが、
本心の自分をしっかりと生きていることになるのです。
posted by マッチ at 12:00| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

神さまの御心に素直な生き方とは、『今』を最高に生きることです。

ありがとうおじさんの話


神さまの御心に素直な生き方とは、『今』を最高に生きることです。

それは一瞬一瞬新たに新生している宇宙のすべてを、神さまの全徳の
無限の無限の大光明燦然と輝いている姿に見て、全く始めて見るもの

として、感動を新たに受け止めてゆくことなのです。
すべてを神さまの現れと見る本心の心であれば、

石ころ一個にも無限の絶対価値を見出すことができるのです。
四季の変化を味わう場合でも、本心の心であれば、

今与えられている季節を、最高に素晴らしいものとして、
受け止めることができるのです。

過去の姿を掴んで、業想念の心に陥ると、無感動の心となったり、
好き嫌いの感情の奴隷になってしまうものです。

そうなるとどんな素晴らしいものに対しても、
相対的な有限の小さな価値しか認められなくなるのです。

過去を掴む心・業想念の心の奴隷となっては、
決して本当の幸せを味わうことはできないのです。


 何でも自分の思い通りになることを願い、思い通りになって喜んでいるのは、
小さな小さな自己満足の喜び・業想念の心の喜びに過ぎないのです。

本心の喜びと比較すれば、それは無に等しいものです。神さまが
与え続けて下さっている無限の無限の幸せを、しっかりと受け止めてこそ、

本心の喜びになるのです。小さな部分のみを掴んで、
それだけが自分のものなのだと思うから、
大きな全体が自分のもので無くなってしまうのです。

本心の心は常に、宇宙全体を神さまからのプレゼントとして、
一瞬一瞬新たな感動をもって、無限の絶対価値あるものとして受け続けるのです。

今の一瞬にどれだけ沢山のものを、感動の心で受け止めることが
できるかが問題なのです。本心の心を磨き出し・輝かして、

日に日に感謝を無限に大きく・無限に深くしてゆくことが、
本心の自分をしっかりと生きていることになるのです。
posted by マッチ at 10:02| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月08日

自分の思い通りにならないのが苦しみなのです

ありがとうおじさんの話

一切の苦しみの根本原因は、本心の自分を忘れて、
業想念の心の奴隷に陥ることにあるのです。本心の自分には、

一切の苦しみは無いのです。本心の自分は感謝する心・
喜ぶ心ですから、常に無条件で、

すべてをプラスに観て、感謝し喜べるのです。
過去を掴む心・執着の心・業想念の心には、

常に四苦八苦が影のように付きまとうのです。
何故なら移り変わる無常なものに執着して、その変化を止めようとしても無理なのです。

決して思い通りにはならないのです。だから苦しむことになるのです。
自分の思い通りにならないのが苦しみなのです。宇宙のすべては、

神さまの御心のままに移り変わっているのです。ただそれを感謝の心で
受けさえすれば、無限の無限の幸せで一杯になれるのです。
posted by マッチ at 17:23| Comment(0) | ありがとうおじさんの話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。